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2008年10月

2008年10月28日 (火)

たのむよ。

昨日寝る前に嫁さんと息子が

しりとりなんぞしてました。

嫁「よっしゃ、はじめは『かさ』の『さ』!」

子ピン「『さ』か~、ん~、シマウマッッ!!!」

嫁、無視。「まり。ホレ、『り』だよ、り。」

子ピン「あ゛~?ん~な~」

嫁「ほれ、あんたのスキな食べ物だ。」

子ピン「ぶたにくッッ!!!」

しりとりのルールもままならない。

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2008年10月16日 (木)

あぶねーあぶねー

10月にはいってからまったく更新していなかったのですが、

何があったかといいますとですね、

9月の真ん中に娘がおたふく風邪になりましてですね、

ヘロヘロに弱ってるのにその猛烈なほっぺたの腫れに

「ブッサイク!!」

とか超笑ってたら、今月のアタマに

バチが当たったのかバッチリうつっちゃいまして、

ヒドい目に遭っておりました。(ちなみに今も菌と格闘中)

最初はね、左の耳の裏がなんかものスゲー痛くなって、

会社で電話に出ただけでも喋ろうとして口を開くと

「ま゛~~!!!!!!!!!!!!!!!」

って奇声を発しちゃうようになって、ついには隣の席の人に

「え、顔、朝と変わってね?」

って言われるほどになってしまいまして。

熱もかつて経験したことがないくらいものすごい出て、

目が回って。歩くとドリフの酔っ払いコントみたいに

壁にガンガンぶち当たって。

家に帰れば嫁に

「・・・アメちゃんなんか舐める人だったっけ?」

ってバカにされたり、怒られてるときにまじめに聞いてるのに

「ちょっとフザケた顔してッッ!!聞いてる??ブフフッッ!!!」

ってものすごくバカにされたり。

結局オマエこの半月、会話のとき俺の目じゃなくて

ほっぺた眺めて話してたじゃないか。

こんなにつらいってーのにバカにされっ放しだ。

ただね、ここまでは、ダイの大人だ、何とか耐えられましたよ。

だけどね、ほっぺたの腫れが引き始め、

嫁も「なんだよつまんねーな」的な空気になってきたある晩、

風呂上りにパンツをはいた時に、何か違和感があったんですね。

おかしいなとは思ったもののそのまま寝たら、

翌朝、脂汗と激痛で目が覚めまして。

コレは子供が乗っかっているッッ!!って思ってコブシを

ブンブンしてもヒットしない。誰もいない。

むしろ先に起きたのか向こうでキャッキャ言う子供たちの声がする。

なんだこれ。恐る恐る痛い辺りに手を伸ばす。触ってみる。

「キィーーーヤァァァァァァーーーーーーーーッッ!!!!!」

というとんでもない絶叫で走ってきた嫁に「どうしたの」って聞かれたから、

「タマキンが割れてるッッ!!!」

って答えたら腹抱えて大爆笑ですよ。

痛いのなんのって、もう、歩けないのは当然、

じっとしていてもずっとハンマーとかで殴られ続けているというか

ものすごい衝撃が襲ってまいりまして。なんだこれ。

もうどーにもこーにも動けねーから、救急車でも呼ぼうかと

思ったんですが、119番に電話して

「タマキンが痛いんです!!」

って言ってもイタズラ電話と勘違いされて

超怒られて終わりでしょう。僕は毎回そういうクジを引く男です。

嫁運転できない、バス停まで歩けない、

タクシーに乗っても振動に耐えられない。

仕方なく車のハザードをつけっぱなしにして、故障車のごとく

絶叫して止まってはトロトロ、絶叫して止まってはトロトロで、

それでもなんとか自力で病院へ。

診断結果は、おたふくの菌が、タマキンに入り込んだとのコトで。

なんでもおたふくっつーヤツは、耳の裏で暴れたあとに

まだまだ元気だと居心地のいい、

好きな場所に引越しするんだと。

そのベスト3がタマキン、脳みそ、すい臓だと。

よりによって、3つあるうちのタマキンかよ。

家に帰り着いた頃にはタマにマイナスドライバーをあてられて、

その柄の部分をノミのようにガンガン殴られているような

経験したことのない痛みになりまして。

バイクに乗ってて、車にぶつかって車もバイクも全損という

壮絶な事故の当日の晩にバイトのレジに立っていたほど

痛みに対しての強さには自信のある僕でも、

うまれて始めて痛さで気絶しました。

その晩、娘が枕元で「とーちゃん、せんせーにとーちゃんのことお話したの。」

っつーからもうろうとする意識の中で「ふーん」

って適当な相づちをうっていたら、嫁サンが「何て?」

って聞いて、娘の答えでビックラこいた。

「とーちゃん、タマキンおっきいんだよーって!!」

バカヤロウ。

20081016

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2008年10月 1日 (水)

継続は力だった

9月のアタマにちょっと必死こいているということを

ここに書いたのですが、

何をやっていたかと申しますと、実はですね、

プロ野球ありますね。あれって使っているボールが

硬式と言いまして、超硬いんですよ。

ただ、使っているのは主に高校・大学・社会人、プロで、

一般ではあまり使われないんですね。

それに対しまして軟式というものがございまして、

コレが少年野球からアンちゃんオッサンじーさんのみんなが

草野球やらで使っている一般的なボールなんですが、

この、軟式野球の日本代表チームの選考会が9月末にあるから

オマエ行けッつってチームの監督に言われましてね。

言われた僕もスケールでかすぎてポカーンですよ。

何言ってんだこいつって。

話した両親・嫁にまで何言ってんだお前って言われるし。

しまいには

「選考で落とされるのがいいトコ、オマエには絶対無理」

「世の中自分の思い通りに行くわけがない」

とか罵声なんぞまで浴びせられまして。

振り返ってみれば今までの人生もそうでした。

やることなすことみんなに否定され続けて。

見返してやろうと思っても目標達成できずに

「それみたことか」

って言われて何も言い返せなくて。

少年野球から中学校まで弱小チームにいて、

優勝どころか勝った思い出が少ししかなくて。

甲子園に行きたくて高校野球の名門校に進学すれば

「3年間球拾いで終わる」

と言われ、背番号をもらえば

「甲子園なんて夢だ」

と言われ。

最後の大会直前に肩を壊して

最後の大会は観客席からボーっと眺め、

結局チームもあと一歩で甲子園へ行けずじまい。

だから僕は、自分の人生、

必死になっても何も結果がついてきたことがないので

すごく自信がなかったんです。

ただ今回、なんと必死のかいあって

日本代表に選出されまして、

やっと自分の人生に誇れるところができました。

コレで息子が大きくなった時に「やればできる」

って胸を張って言えます。

11月に台湾代表が来日して試合をします。

日の丸だよ日の丸。

夢のようであります。

人にアホだ何だ言われても、

自分で自信をなくしていても、

辞めないでずっと続けていてよかった。

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